ネットワーク時代・・というのかな?

  
 「本物主義」
   僕はまがい物は好きじゃない。それは、たとえば華美過ぎるな装飾品。ただ表面の華やかさのみが追い求められたもの。重要なのは実用性なのに、外見だけってどうも好きじゃない。当然、実用性があってそれにつりあうぐらいの装飾ならいいけどね。
 あたりまえだけど、財布とか手帳とかのブランドのバッタ物。あれって人をだまして、高く売ろうする心のみで作られてるよね。だから縫い目とか強度的なものはかなり甘いし、作りもおかしい。もってもせいぜい2年もつかどうか。
  だけど、本物って確かに値段が張るんだけど、やっぱり縫い目がしっかりして、長い年数もつんだよね。うまくいけば、自分のみでなくて孫子の代までってこともある。万年筆なんていい例かな。

  空手にしてもそうだ。本来の技の意味を変えて審判に目立つようにアピールする人がいる。僕から言わせたら、本物ではないので嫌いなんだけど・・・でも見栄えがいいぶん試合はそれで勝っちゃうんだな。悔しい。それで負けるのがものすごく悔しい。心の奥底から煮えたぎる焼きつくような涙が出てくる。

 友はこう言った「審判は絶対だから、アピールする部分が足りなかったんじゃないかな・・・」確かにそうなんだけど、スポーツっていうのは確かにそうなんだけど・・・
  先人が苦労して練りあげ編み出した血の通った熱い技を、見栄えだけの理由でねじ曲げて、まがい物を自分の一部にしたくない。 純粋なものを追い求めたい。
 これってきっと世の中の評価とはかけ離れてるんだろうな。馬鹿なのかもしれない。でも、もしこれがわかってくれる人が少しでもいるのであれば・・・・僕は嬉しい。
 

 「しかし、やっぱり・・・」
    2001-5-6
負けたのは力量のなさか、それともその信念故か。のどの奥が焼きつくような激情がこもあげてくる。つらいな。ちょっとゆらいでる。勝ちたい!

師匠は、審判の見る力量が足りず、わかる審判にするべきだったといってくれた。また、欠点あげるとすれば、踵が浮くというのも教えてくれた。
 師匠のは慰めか、真実か。嘘を言うような師匠ではないが、慰めもあるのだろうか。 師匠には遠く及ばない自分にはそこまで伺いしれないが・・・。悔しいことにはかわりない・・・・。

追記
    2001-9月某日
 負けたのは己の力量の足りなさ。なれば、そのままの形で誰にでも見えるような実力をつける・・・。


 「不思議なこと」
   人との出会い。

 これほど不思議なものがほかに有るだろうか?。たぶん、ない。 なにが不思議って?。だって、旅の途中の電車で、一晩隣に座った 旅人に、「天が巡り合わせてくれた最高の友だ」って思えるんだから。
 たまたま、その日の、その方面行きの、その車両の、その座席。 座席が違っても、車両が違っても、通るルートが違っても、 日にちが違っても、そこで出会うことはありえないのだ。ほんの 小さなどれか1つでも違えば、そこで出会うことはなかった。

 だけど、出会った。僕と同じ・・いやお互い同じ領域を目指して それぞれ別の手段を使って辿りつこうとしている、最高の友。 彼との友情は、続いている。お互いメールもほとんど出さない、 連絡も希にしかとらない。でもなんとなく、お互いがお互いの気迫 をそばに感じて、何をしているかなんとなくわかる。そう確信できる。

  それから1年。そしてまた出会った。 お食事にたまたまよばれて、その日、その時、その場所に行ったら 出会ってしまった。今度は北の大地を目指す自転車の旅人だ。  彼女のHPの彼女の考え方。ああ、同じ匂いの人見つけた。 そして救われた。とっても解放されたいい気分。 なんとなく、すっごくいい友達になれそうな予感。 年齢はちょっと離れていても。いや、この人ならどんなに離れていても、捕らわれず意識せず、 素直に無心で友達になれる。そんな予感。

  こんなすばらしい出会い。人と人とがたまたま同じ場所と 同じ時で、すれ違わずに言葉を交わして友達となる。 この広い星空の下、日本だけでも一億人いる中の一人。 今までこんな出会いがあるとはカケラも思ってなかった。 でも出会ったことで、確実に僕の人生は変わる。 不思議だよね。そんな大切な出会いが唐突にやってくる。 きっと天の意思って存在するんだろうな。
  本当に世の中不思議でいっぱいだ。




「一つの自由」
 

 最近僕は福岡のとある人の家に泊まりに行ったのですが・・・。 そこの夫婦は「かっこいい!」って思える夫婦だったのだ!。そこの夫婦は居酒屋さんを一緒にやっているんだけど・・・、見ていて、仲がとってもいいんだよな。なんとなく傍から見てて「あ、お互いを尊重して、だけど本当に好きなんだな」って感じたね。ぴぴっときた。そして、その時はわからなかったけど、後から別の人から聞いた話だと、奥さんの年齢は 旦那さんより11歳上だったそうだ。なんか意外。いや、年の差ではなくて、そんなに離れてるとは全然思わなかったんだ。僕は見たとき、まあ2〜3ぐらいの違いかなって思ってた 。きっとそれほど二人が対等で、そう思えるほどそれが自然だったからだと思う。本当に その差の方が意外だった。
 11歳の差って僕が中1の13歳なら相手は24歳。相手から見たら子どもだよなー。たしか にこう考えたら「えっ?」て思うけど、でもよく考えたらそんなこと考える必要ないんだ よな。だって両方とも20越えてたら見た目は十分大人だし、それに出会った男女には過去 でなくて現在だもんね。
  僕にとって今まで「異性」と意識してきたのは、同年かもしくは学校の後輩3〜4つぐ らいだと思っていた。だけどそんなことないんだよな。結婚できる異性ってのは何も同年 以下だけでなくて、上の世界があるんだな。なんか同年の友達としかつきあったことがな い僕にとっては不思議な感じ。
 自分の友達になれる人っていうのは日本のみとしても全国1億人の全員に可能性があるわ けで、そんな仲から、自分にあった相手を一人見つけるわけだ。そんな大勢いるんだから 別に年齢ってたいした問題じゃないんだよなぁ。
 ちょっと違うかもしれないけど、むしろ女性のほうが年上って逆にいいんじゃないかな 長く生きてる分、男のほうも言葉に対して納得できる気がする。よくわかってるから、お 互いの長所を認めて、短所を注意して成長しあっていく・・?どうだろう。
 あと、やっぱり知り合いの友人の友人が6つ下の彼氏がいるって話も最近聞いた。でもやっぱり仲がよ くて年齢差を感じないんだって。ああ、それっていいな。
 あ、 だけど勘違いしないでほしい。僕は別に女性が上とか男性が上がいいとか言ってるのじゃない。別に世代を越えてとかでもない。大切なのは、自分にあった人に出会えて、ただ そのままに見ること。自分にあってるなと感じること。まあ確かに結婚できる年代っての は存在するけど、それはその人の感性しだいだしね。
 でも、あの二人に出会って、観てつくづく思ってしまった。年齢差って関係ないな。
 僕はなんとなく一つ自由になれた気がする。この、人と人の縁の引き合わせに感謝。